化学肥料はなぜ生まれた?有機肥料との違いを200年の歴史からひもとく
農業を始めた当初の私は、肥料の袋に書かれた数字の意味すらわからないまま栽培していました。
今回は、その数字が背負ってきた200年の歴史をさかのぼりながら、化学肥料と有機肥料の違いをひもといていきます。
この記事の流れ
1. 化学肥料の誕生|約200年をかけて「空気からパン」にたどり着くまで
2. 有機肥料の原点|何千年も続いてきた「土を生かす」という営み
3. 日本の有機農業|「有機農業」という言葉は1971年生まれ
4. いま起きている「ゆりもどし」|化学肥料は減り、有機は世界で広がっている
5. 現代農業における「使い分け」の意味
「そもそも有機肥料ってなんだろう?」「化学肥料っていつ生まれたんだろう?」
農業を始めた当初、私はこんな素朴な疑問を抱えながら栽培していた時期がありました。
ところが、肥料が歩んできた道のりをたどってみると、「なぜ有機肥料は遅効性なのか」「なぜ土づくりに時間がかかるのか」という疑問に、自然と答えが見えてきたんです。
今日は200年ほど前から現在まで、肥料の歴史を一緒にさかのぼってみたいと思います。
化学肥料の誕生|約200年をかけて「空気からパン」にたどり着くまで
化学肥料は、ある日突然発明されたわけではありません。
19世紀から20世紀にかけて、世界中の科学者がバトンをつないで少しずつ完成させていったものでした。
1840年|「植物は何を食べているのか」が解き明かされる
出発点は1840年。
ドイツの化学者ユストゥス・フォン・リービッヒが『農芸化学(農業および生理学への化学の応用)』を著し、植物は土の中の無機養分を吸って育つという「鉱物説(無機栄養説)」を打ち出しました。
この本の中で、窒素(N)・リン酸(P)・カリ(K)が植物の生育に欠かせない要素であることが示されます。
今の肥料袋に必ず書いてある「N-P-K」の数字は、じつに180年以上前にルーツがあるわけです。
1840〜1880年代|グアノとチリ硝石、海を渡った天然肥料
理屈がわかっても、肝心の窒素源が足りない。
そこで大活躍したのが、南米から船で運ばれてきた天然の窒素肥料でした。
1840年代からはペルーの海鳥のフンが堆積した「グアノ」が大規模に輸出され、1850年代には年間20万トンを超える量がヨーロッパやアメリカへ渡ります。
グアノを掘り尽くすと、今度は1880年代からチリのアタカマ砂漠で採れる「チリ硝石」が主役に。
1900年には、チリ一国で世界の窒素肥料のおよそ3分の2を供給していたと言われています。
同じ時期、リン酸とカリも工業化が進みます。
1842年にはイギリスのジョン・ベネット・ローズが骨や鉱石を硫酸で処理した「過リン酸石灰」を実用化し、1856年にはドイツのシュタスフルトでカリ鉱床が発見されました。
ここでようやく、窒素・リン酸・カリの三大肥料が出そろったことになります。
1913年|「空気からパンをつくる」ハーバー・ボッシュ法
そして訪れる決定打が、ハーバー・ボッシュ法です。
フリッツ・ハーバーが1909年に実験室で空気中の窒素からアンモニアを合成することに成功し、カール・ボッシュがそれを工場で大量生産できる技術へと磨き上げ、1913年にBASFのオッパウ工場で工業化しました。
「空気からパンをつくる技術」とも呼ばれたこの発明が、無尽蔵にある空気中の窒素を肥料に変える道をひらいたのです。
その効果は、1940年代から1960年代にかけての「緑の革命」で世界の穀物生産を一気に押し上げました。
ある研究では、今の世界人口のおよそ半分(2008年時点の推計で約48%)は、ハーバー・ボッシュ法による窒素肥料がなければ養えなかったと試算されています。
化学肥料がなければ地球は35〜40億人分の食料しか生み出せなかった、という見方もあるほどです。
化学肥料は、急増する人口を飢えさせないために生まれた、まぎれもない「人類の知恵」だったんですね。
有機肥料の原点|何千年も続いてきた「土を生かす」という営み
ここで一度、時計の針を大きく戻してみます。
化学肥料の歴史はせいぜい200年ほど。
いっぽうで、堆肥・魚粉・骨粉・草木灰といった自然界の有機物を土に還すやり方は、農耕が始まって以来、何千年も続いてきた人類の営みです。
有機のほうがずっと先輩なんです。
有機農業には、実は近代になってからの明確な「思想」の系譜もあります。
1924年、オーストリアの思想家ルドルフ・シュタイナーが農業に関する連続講義を行い、のちのバイオダイナミック農法(有機農業の源流のひとつ)が生まれました。
1940年には、インドで長年堆肥づくりを研究したイギリスの農学者アルバート・ハワードが『農業聖典(An Agricultural Testament)』を著します。
ハワードは「堆肥を入れることで土壌微生物の種類が量も豊かになり、土の栄養バランスや通気性、保水性が整う。その結果、作物は健全に育つ」と説きました。
この一冊は、世界の有機農業運動の原典のような存在になっていきます。
ここに、有機肥料の本質が見えてきます。
化学肥料が「植物に養分を直接与える」のに対して、有機肥料は「まず土の中の微生物を養い、その微生物が有機物を分解することで、はじめて植物が使える養分になる」。
つまり、植物と肥料のあいだに“微生物というワンクッション”が入っているんです。
有機肥料がゆっくり効くのは、この微生物による分解というプロセスを必ず経るから。
これは決して「効きが悪い」のではなく、自然の仕組みに沿った「本来の速度」だと言えます。
そして土づくりに時間がかかるのも同じ理由で、微生物が元気に働ける土の環境そのものを、何年もかけて育てているからなんですね。
「遅い」のではなく「じっくり」。
私はこう理解してから、土と向き合う気持ちがずいぶん楽になりました。
日本の有機農業|「有機農業」という言葉は1971年生まれ
日本に目を向けると、意外に思われるかもしれませんが「有機農業」という言葉自体、そんなに古いものではありません。
1971年、一楽照雄(いちらく・てるお)らによって「日本有機農業研究会」が設立され、このときに初めて「有機農業」という言葉が使われるようになったと言われています。
高度経済成長のまっただ中、農薬や化学肥料への依存が進むなかで、土や食の安全をもう一度問い直そうという動きから生まれた言葉でした。
世界でも1972年にフランス・ヴェルサイユでIFOAM(国際有機農業運動連盟)が発足しており、日本の動きはほぼ同時代の潮流だったわけです。
その後、2001年には有機JAS制度がスタートし、「有機(オーガニック)」と表示するにはルールが必要になりました。
言葉が生まれてから制度になるまで、ちょうど30年。
有機農業は、けっこう新しくて、そしてまだ発展の途上にある分野なんです。
いま起きている「ゆりもどし」|化学肥料は減り、有機は世界で広がっている
歴史の話をしてきましたが、面白いのはここからです。
20世紀にあれだけ農業を変えた化学肥料が、いま静かに「揺り戻し」の局面に入っています。
日本国内の化学肥料の使用量は、じつは1970年代からずっと減り続けています。
コメの作付面積の減少といった事情もありますが、施肥の効率化や環境への配慮も背景にあります。
2016年時点で年間約90万トン(NPK総量)だった使用量を、政府は2030年までに72万トン程度まで、さらに長期的には削減していく方針を掲げています。
その柱が、農林水産省が2021年に打ち出した「みどりの食料システム戦略」です。
ここでは、2050年までに化学肥料の使用量を30%低減し、耕地面積に占める有機農業の取組面積を25%(100万ヘクタール)まで拡大するという、かなり大胆な目標が掲げられました。
世界に目を移すと、有機農業の広がりはさらに鮮明です。
有機農業の統計をまとめるFiBL(有機農業研究所)によれば、世界の有機農地は2022年末時点で約9,640万ヘクタールに達し、前年から2,030万ヘクタール(+26.6%)という過去最大の伸びを記録しました(おもにオーストラリアとインドの拡大が牽引)。
有機の生産者は世界で約450万人、有機食品の市場規模は約1,350億ユーロと、こちらも過去最高を更新し続けています。
つまり、いまの流れをざっくり言うと——「化学肥料に一気に振り切れた20世紀」から、「土の力をもう一度見直す方向へと揺り戻している21世紀」。
歴史は、行って戻ってをくり返しながら進んでいくものなんだなと感じます。
現代農業における「使い分け」の意味
こうして200年の流れを眺めてみると、慣行農業と有機農業のどちらが「正解」か、という問いそのものが、あまり意味を持たないことがわかってきます。
化学肥料は飢餓から人類を救い、有機は土と自然のサイクルを守ってきた。
どちらにも果たしてきた役割があり、組み合わせることでこそ強みが活きるのだと思います。
私がレンコン栽培で実践していたのも、「元肥は有機ベースでじっくり土を育てつつ、必要なときにはピンポイントで化成を補う」という考え方でした。
土づくりという長期的な視点と、その年の収量をきちんと確保するという即効的な視点。
この2つを両手に持てるようになると、農業の可能性をぐっと引き出すことができます。
歴史を知ることの一番の効用は、私たちを形成している価値観が、どのように形成されたかを知ることにあると思います。
「有機か、化学か」と壁をつくるのではなく、それぞれが生まれた理由を理解したうえで、目の前の土と作物に合わせて柔軟に選び取っていく。
この記事を読んでくださった皆さんが、栽培方法に線を引かず、いろんな技術を面白がって学んでいってくださることを、心から願っています。
よくある質問
Q1. 化学肥料と有機肥料の一番の違いは何ですか?
化学肥料は植物に養分を直接与えるのに対し、有機肥料はまず土の中の微生物を養い、その微生物が有機物を分解することではじめて植物が使える養分になります。
植物と肥料のあいだに“微生物というワンクッション”が入るのが、両者の根本的な違いです。
Q2. 有機肥料はなぜゆっくり効くのですか?
有機肥料は、微生物による分解というプロセスを必ず経てから植物に効くためです。
これは効きが悪いのではなく、自然の仕組みに沿った本来の速度だと言えます。
土づくりに時間がかかるのも、微生物が働ける土の環境を何年もかけて育てているからです。
Q3. 化学肥料と有機肥料はどちらを使うべきですか?
どちらが正解ということはなく、目的に合わせた使い分けが有効です。
元肥は有機ベースでじっくり土を育てつつ、必要なときにはピンポイントで化成肥料を補うといった組み合わせが、土づくりと収量確保の両立につながります。
参考・引用元
・農林水産省「みどりの食料システム戦略」(日本の化学肥料削減・有機農業拡大の目標)
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kankyo/210512.html
・FiBL / IFOAM「The World of Organic Agriculture」(世界の有機農地・市場の統計)
https://www.fibl.org/en/info-centre/news/global-organic-area-grows-more-than-ever-before
・Our World in Data「How many people does synthetic fertilizer feed?」(化学肥料が支える世界人口)
https://ourworldindata.org/how-many-people-does-synthetic-fertilizer-feed
・日本有機農業研究会「日本有機農業研究会 公式サイト」(1971年設立・「有機農業」という言葉の由来)
https://www.1971joaa.org/
・Wikipedia「ハーバー・ボッシュ法」(化学肥料誕生の背景)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ハーバー・ボッシュ法
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